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ICPC2018 アジア地区横浜大会参加記(JAGサイド)

こんにちは,ICPC大好きおじさんのらてあです.
12月8-9日に横浜で行われたICPC2018 アジア地区横浜大会にJAGからボランティアとして参加してきました.
僕は去年は選手だったので去年の記事を置いておきます.
ratea.hatenablog.com

普段よりは少しだけ真面目に書きます,面白かった出来事は多分Twitterに書ききったのでそちらを.
何か書いててまずいことがあったら修正しますのでお教えください.

登録

JAGのslackにボランティア募集のメッセージが流れてきたのでとりあえずICPC用のSlackに参加した.
登録フォームに必要なことを書いて,集合時間とかわからなかったので備考欄に遠方からの参加のため間に合わないようなら不参加でお願いする旨を書いた.
クレタリーの方からメールが着てもう一泊用意するから7に横浜来れるなら宿泊して8の朝から参加しないかというメールで,予約の関係で至急返信するように書いてあったので条件反射で行きますお願いしますとメールしていた.
後になって,あまり想定されてないってことは遠方からの参加勢は自分だけじゃないか,ボランティア未経験の僕に交通費と宿泊費だけでわんさか出してもらっていいのかみたいな葛藤があった,手遅れなんですけど.

前日入り

出してもらう金額分の働きができるのか不安でしょうがないけどとりあえず新幹線に乗り横浜へ.
マニュアルを2回じっくり読んだ.
Yazaten,しょラーさん,odanさんとご飯へ行った.
しょラーさんとodanさんとは久々に会ったんですがなんかいつも通りで変な感じで楽しかったです.

8日

ホテルの朝食を食べて会場へ行って受付でTシャツと名札をもらう,しばらくして集合があって,4班くらいに別れて作業をすることになった.

午前

なんか一発で別れて,誰もこの仕事嫌とか言う事なくささっと分担してて(当たり前かもしれないけど僕はすごいと思った),人が少なそうなデバッグ班になった.
デバッグ班は主にIDEがクラッシュしないかとかを確かめるのが仕事で,片っ端からIDEを起動して世界に挨拶をしていた.
選手は3人だし3つ同時に起動しとけばええやろと思っていたら素晴らしいデバッグだとか言われてなんか面白かった.
他に配信チェックとかを確認して,大丈夫っぽかったのでふうせん班に合流した.
ふうせん班は紐に輪っかを作ってふうせんを取り付けヘリウムを注入する作業だった.
IOIで余ったドワンゴのボールペンがふうせん止めとして使われていてなんともシュールな光景だった.
practice用のふうせんを作りきったので,膨らませるのはやめて本番用の輪っかまでをある程度作って終了した.


どっかにいます.
ご飯を食べて再集合とのことだったのでお弁当をいただいた,さすがYokohama飯がうまい.
きゅうりさんと喋っていて僕の名字と僕のHNは知ってるけど同一人物とは知らなかったとか,自然言語は難しいとか外国人エンジニアは遅刻はするが終了時刻はキッチリ守るとかそんな話をしていた.

午後

practice準備が始まった,僕は英語が得意ではないんですが,英語に強い人がほとんど受付班になっていたのでアリーナ班になってしまった.
新幹線でマニュアルを2回読んだおかげで説明された内容を全て知っていました.
基本的にはアリーナを巡回して質問対応をする仕事で,わからなかったらセクレタリーを呼ぶようになっていました.
選手が続々入場して来たんですが知り合いが多すぎてあまり話すと怒られるので(不正の疑惑が出てしまう)ごめんねと言う感じでした.
オープニングが終わってpracticeが始まったので,巡回仲間がいなさそうな列を選んで歩く.
トイレ行きたいとか明日お弁当持ち込みたいとかペットボトルの蓋は閉めてねとかそんな事を英語で対応しました.
出来なくはないけどビビって声が小さいのを自覚していました.
中盤から足が痛くて辛かったけど考察の会話とかが聞こえて来て楽しかったです.
グラフを描いているチームやら,「森になるから」とか会話しているチームを見て混ざりたいと思っていました.

practiceが終わり選手たちが退場するとゴミの回収をし,翌日のパスワード用の封筒作成をしました.
封筒作成は紙をハサミで切る人とシールを剥がす人と貼る人とテープをちぎる人とテープを貼る人がいつのまにか出来てて,すごい効率で封筒が生産されていて,昔受けた授業で似たような作業をやって全然うまく行かなくて「作業って計画が大事でしょ?この講義ではそう言うことから学びます」とか言われたのを思い出したんですが,ここの人たちは初めからそれが出来るのか,同じ講義を受けたのかのどっちかだと思います.

その後僕を含めた3人を指名し「テレビを作って」と言われました.
正確にはテレビ台みたいなもので,割と組み立てが大変らしかったので説明書とにらめっこしながら組み立ててました,去年組み立てた人からも脅されるほどの難易度でした.
組み立てが終わるとJAGは既に解散してご飯に行ったとかで,残ったメンバーでご飯に行きました.
なんか晩ご飯代を出してもらえるらしくて,それ削ってチーム増やして欲しいとかぼやいたらチーム増やす金に比べたらずっと安いし英気を養って翌日頑張ってもらわないといけないからねと言われて,最初の方に書いてた交通費とか諸々もどうでもいいっぽいことに気づいて安心した.
中華街が近くにあってサイコーでした✌️

9日

開場まで

昨日組み立てたテレビを設置と準備しに行く.
なんかネットワークとかがゴタゴタしてコンテスト開始に間に合わなかったけど,ほぼ影響ないくらいで済んでよかった.

コンテスト

設置が済んだら急いでふうせん,印刷物配りに合流した.
こちらの仕事はシステム化されていてプリンター前係から受け取った印刷物にチーム名と解いた問題が書かれているか,さらに印刷物が渡されるので,指示に従って該当チームに届ける.
誤配はやってはいけないので毎回しっかり確認して届けるようにしていた.
1時間程度ごとにアリーナ巡回とふうせん配りを繰り返していた.
ふうせん配りを待っている間に問題を考察したり配信を観戦していて,盛り上がっていてみんなICPC好きすぎるし,善意というか好意というかそういうので成り立っているんだなぁと思った.
すごいエンジニアとかが無償でふうせんを運ぶお仕事をしている.
そんな感じで適宜アリーナとふうせんを行き来してるとコンテスト終了間際になった.
アリーナを巡回すると足が痛くなり,巡回から戻ると腰が痛くなりみんなすげえとか思ってたけどみんな足が破壊されたとか言っててみんなすげえ.
順位表が凍結すると,コーチ向けの順位表ディスプレイ(組み立ててたテレビ)がいらないので回収に行った.
解体して箱にしまう,組み立てた記憶が新しいからかすごい速度で完了した,RTAなら全一取れます.

懇親会まで

選手たちが退場し会場片付けが始まった.
ここでも何度か班分けとかしててみんな積極的に参加していて圧倒されるばかりだった.
ゴミ掃除とふうせん回収をして,椅子を収納,壁のふうせんも剥がしてPCとディスプレイを仕分けして移動,LANケーブルと電源ケーブル回収と仕分けなどをして人があまりはじめたので,Yes/Noおじさんを見に行っていいようになったのでホールへ移動して秋葉さんの圧倒的スピーチや順位発表を見ました.
秋葉さんかっこよかった.

懇親会

終電の影響で最後までいれないことがわかっていたので,セクレタリーの人に伝えて(すでにわかられていた,ありがとうございます)最後の片付けに参加できなくてごめんなさいと行って帰れる準備をしておきました.
懇親会では,競技終了まで選手との会話ができなかったので競技中に目があった人片っ端から話しかけに行ったり欲しいノベルティをもらったりして来ました.

帰りの準備をしていると,さっきのセクレタリーの人がいて,入り口付近におにぎりとかあるから新幹線ででも食べてと言ってくれたので移動中に頂きました.
帰宅し今に至ります.

ポエム

ICPCの手伝いをして思ったことですが


がおおよそ全てです.
記事内でも何度か書きましたが,作業効率がいいし積極的な人しかいないしすごかったです.
去年はわからなかったけど,本当にたくさんの人が携わって成り立っている大会であることがよくわかりました.
来年も可能であれば必ず参加したいと思っています.

とは言えどの仕事も人数はギリギリで,みんなが優秀だから成り立っているような印象を受けました.
あなたも次回から参加してみませんか?
と言うことでICPC引退後の方はまずJAGへ参加!
Join - ACM-ICPC Japanese Alumni Group
やっぱりこんなオチになりましたね,ここまで読んでくださりありがとうございました.